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あぁ、ジスカール デスタン!

昨夜遅くにバレリー・ジスカール デスタン死去のニュースが舞い込んできた。

しばらくフランスはこの話題でもちきりになるだろう。

VGEという略称で親しまれたジスカール デスタンが大統領を務めたのは1970年代。1974~81年のセプテナ (septennat) 7年任期を全うした。(現在は5年)

想像してほしい

1968年、Mai 68(メー・ソワサンテュイット)と呼ばれるフランスで起きた五月革命はこれまでの社会通念や価値観をひっくり返した。その影響により1969年、戦後を象徴するシャルル・ド・ゴールが大統領職を退任。後任に選ばれたのはドゴールの首相であったポンピドゥーであったが、任期途中の1974年に病死。急遽、新たに大統領選が行われた。

結果、48歳の若さで当選したのがバレリー・ジスカール デスタン。マクロンの大統領就任年齢である39歳には及ばないものの、戦後の終焉を告げるセンセーショナルな新風であったことには違いない。ビートルズが世界を制覇した後、日本ではピンクレディーの最盛期と任期が重なる。

斬新なデザインのポンピドゥーセンターの落成に象徴されるように、街には原色があふれ色鮮やかとなり、家の壁紙にまでサイケデリックな柄が大流行した。カラーテレビが急速に普及したのもこの時期。番組も、フランス版「ピンポンパン」のL’Ile aux enfants が子どもたちのマストとなった。番組は奇想天外なものが多く、Chapi Chapo、La Linea、Les Shadoks、La Noiraude など、日本では馴染みのない異次元アニメともいえるショートストーリーが流行った。

一気に春がきたのは文化・生活面だけではない。

1974年に成人年齢が21歳から一気に18歳に下げられた。避妊手段も自由化され、当時の保健大臣シモーヌ・ヴェイユの尽力により1975年に人工妊娠中絶が合法化された。また、1977年ギロチンによる囚人の処刑を最後に、1981年に死刑が廃止された。

地震を引き起こすプレート運動のように、戦前戦後の社会基盤が一気に刷新されたのだ。

フランス史にとって要の時期に大統領であったジスカール デスタン。

そのころに物心ついていた年齢層は現在ちょうど50台を迎える以上の者たち。今の社会を率い動かしている年代だ。当時幼かった者も、これらの改革を否が応でも肌で感じているため、その象徴である元大統領の死はそれぞれの心に深く響くものであろう。

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